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  • 私たちは養鶏場のニワトリだ。??

    私たちは皆、、養鶏場の中に棲んでいるようか気がします。
    そこは屋根と壁に囲まれ餌は供給されるとても居心地の良い空間です。
    何不自由なく生きて行ける!
    養鶏場の中の世界のことは360度見渡せるしなんでも知っている。

    ところが、、
    ここには雌しかいない?産んだ卵は誰かが処置してくれている?
    外はどうなっているんだろう??そんなこと知る必要もない?
    何も疑問や好奇心を持たずとも何不自由なく快適に過ごせる。
    面倒なこともあるけど、、そういうもんだ。それがあたりまえだ。

    天才的な先輩方の言うのに、知れば知るほど自身は何も知らなかったことに気づくとか。
    愚か者の方々の方が、よほど何もかも知っている。

    この建屋は思い込み・そういうものだ・あたりまえだ・常識だ・という素材でとても丈夫で硬い!かなづちでたたいても絶対壊れない。
    ココを出るものは変人扱いされる。

    けど、絶対的に自由だ。養鶏場の外は自由だ。
    なかには養鶏場の檻から脱出したのに、、檻に向かって彼らと対面して同じ餌を食べている方々もいる・・・

    ココを出るのも本当は、それも、自由だ。
    目の前のモノゴトにただそれが真実か?疑問を持つだけだ。たったそれだけの事。
    既成概念を破壊するだけだ。

  • 居場所の修繕・最適化

    居場所の修繕・最適化

     

    事務所をこつこつ修繕・最適化しています。

    玄関先の灯りを創るため梓川の河原へ拾いにゆきました。

    なかなか電気屋・ネットでは手に入らない独創的なシロモノができました。

    修繕や工夫、最適化はもしかしたら思いをめぐらせているときが一番愉しいのかも。

    作っているときもかなり愉しいか。

    質素のなかにも品格がある、という世界観を目指しています。

     

  • 晴跨雨弄 今更バイクに乗る 

    晴跨雨弄 今更バイクに乗る 

    今更ですがバイクの免許を取得し晴れた日には散歩に出かけてます。…バイクは納屋に隠してあります。

    晴れた日に跨り雨の日は弄ります。晴跨雨弄か?いったい何と読むのでしょう??バイク弄りは素人ですが試行錯誤しながらうまくいったときは、これはとても快感です!!ところで以心伝心でしょうか。行きたい方向へ意識と身体を向けると自然と無理なくそちらへ行くんですね。正直かつシンプルです。最も基本的なことなのでしょうか。物事もやはり意識と身体を向けたところへ流れていく…。

    私の棲むここ松本安曇野は、クルージングにとても適している!と思います。信号の少ない長い道があちらこちらにあって眺めもここちよく交通量も少なくのんびり走ることだけに夢中になれます。ココで育った山猿たちはとりあえずまず海を目指します。日本海糸魚川、およそ片道100kmほど。日帰りも一泊も選べるありがたいターゲットです。久しぶりに大海原に到着すると山猿は喜び、漁港で採れたばかりの地魚握りはとてもお奨めです。※写真は糸魚川すし活地魚握り

    いつもの暮らしに刺激的な喜びを。

  • 桜の花を天ぷらで

    桜の花を天ぷらで

    桜の花、って、食べたことありますか?

    これがまた、、まさに美味なんですね!。旬の味、桜風味、桜ですからね。

    またまた野宿日記ですけど、先日梓川の河原でタラの芽を採りつつ桜の花も少々。おままごとセットのような小さな鍋(コッヘルといいます)と野性のキッチンで旬の天ぷらを愉しんでみました。桜の花、タラの芽、つくしんぼう、ヨモギ、菜の花、稚鮎…だけはお店。桜の花は衣の時点でほんのり塩味と甘みを加えておくと◎です。来春は梅の花にチャレンジしてみよう!シソを少し加えると良いかも!?^^

  • 輝き方改革

    輝き方改革

    巷では働き方改革という言葉を最近よく耳にします。より自由な社会に向けて少しづつ動いてるのだなと少し期待します。
    私はむしろ輝き方改革という概念が好きです。生き物にとって素晴らしい生存というのは現代社会や人々にちやほやされることよりも、ひとときひととき自由に満ちた気持ちになり続けられることと信じています。

    輝けば自ずと結果は現れると信じています。とかく社会にとって都合の良い存在であろうとすると自分自身にとってはとてもとても窮屈なんです。

    全英女子オープンで優勝した渋野日向子さんや全米オープンで優勝した大阪なおみさん、たまたまライブで見てましたけど、紛れもなく輝いてました⭐︎
    離れた私の身体に鳥肌を立たせるほど、涙すらこみ上げてくるほど。
    彼女たちは練習も積み重ねただろうけど、一番の要は自分らしくいたことではと私は確かな手応えとともに見守ってました。
    突き抜けるほどの自分らしさほど強く美しく輝けるものは他にないのでは?と信じています。
    ソレを観ていたというか擬似体験させてもらった私が鳥肌と涙こそが輝いているまさにその”時”だと思っています。
    私なりの輝き方は、私らしさを心から信じて表しそして楽しみ味わうことだと思うようになりました。
    世間ていを気にしてなかなか億劫になってしまいできないんですけどね、
    今年はその輝き方改革を少しづつ形にしてゆこうと思っています。