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  • 私の目指す

    友人から本借りまして…
    方丈記、少し読み初めましたよ。興味のある所から。
    けっこう、、というか想定外に気づかされたことがあって。

    近ごろ何かと自分自身がやたら加速してるから。
    読まずにいなくてよかった。
    むしろ貸していただいてよかった。
    私も嫌いじゃない世界観でした、以前は。
    徒然草や枕草子のような随筆や人生観の哲学でもあり

    ただ”何か”が物足りなく感じることを確実に感じ取りました。
    おそらく春の日差しのようなエネルギー的源泉です。
    物事から本質を感じ取りしなやかに生きる、
    晩秋のしなやかさを感じます。

    一方、全英優勝の渋野日向子は初夏のような陽気なエネルギーをまぎれもなく感じた。
    個人だけでなく、優勝争いしてるライバルさえも、ゴルフ場全体の空間のすべてををも味方にしてゆくようなささやかで最も力強いエネルギー体。
    コレ☆、だわな、とはこのところつくづく思っていました。

    いわゆる近頃興味があるのは自然や宇宙や世のしくみ。 絶対的に無限大で広くて軽くて明るくて温かい。
    “引き寄せ”現象もその一環で三次元の時空の物理世界だと都合よく”そう”なる現象のひとつにすぎないのかも。
    その手のわけのわからないような不思議な世界感をひっくるめでざっくり個人的に宇宙教としてます。

    宇宙教??の心地よいのは、ゆたかなエネルギーに満ちていること。
    後進国へ行って井戸の掘り方を教えてもらっているような感覚に近い感じがする。
    湧き出てくる”さいわい”や”いつくしみ”についての考察や在り方。
    確かに”わざわい”は、それを気づかせてくれる相対的なものだなぁ。

    私の目指す処、というのがぼんやりというかむしろ確かな手ごたえで観えてきました。
    何をすべきか、何をしたいか、というより”そう”でありたいと。
    とりあえず「いつくしみの源泉のエネルギー体」でありたいと。ソコに位置したい。

    そう、そしてワルツのようなもの。
    ピアニストのビル・エヴァンスの waltz for Debby ♪
    Jazzトリオの最も好きな1曲、なぜ惹かれたのか今わかりました。
    私が目指すのは、しかもそれがベーシストかコントラバス奏者なんでしょうね。
    土台でリズムを刻むことによって、その場の雰囲気をワルツ調に変えてゆくような使命みたいなもの!?
    私はいつも、主役をひたむきにひたすら立てるのにあたかも主役を食うくらいなんだけどの銘脇役、に惹かれるのもわかる気がしてきました。

    何をするか、何をすべきか、何をしたいかは、しょせん脇役、方程式のXや空欄でしかなく、主役はあくまでエネルギーの方程式。
    最も有名なのが、℮=mc2 ですね。アインシュタイン
    おそらく私の場合状態在り方が先かな、根底、志として、で、何をするにつながる感覚体なのだと私自身を感じます。
    先に何をしたいから始まって在り方が見える場合や現象の方が多いでしょうけど。
    まぁ、これもニワトリとタマゴなんでしょうけどね。

    で、何をするか、どうするか、は、たぶんでも確かな最もシンプルなこと。
    自分が惹かれるものに素直になり受け入れる、ということなんですね。
    私にとってのあらゆる惹かれるものの共存が自分自身の特化性なんだと思います。

    ひさびさにドドドドーと天からだか内なる中心からなのかよくわからないけど湧いて出てきたので綴っておきたいと思い…。

    街へ森へ今へ出かけましょう!!

  • 災害ボランティアと青鷺

    災害ボランティアと青鷺

    モヤモヤしていて、少し、どうしても手伝いたかった千曲川のお手伝いに行けたので。なんとなく須坂あたりへ行きたかったかな、派遣されたのは豊野赤沼地区、一番深く浸かったとこかな、一階の天井まできたそう。

    災害ボランティア、もう10年ぶり位。諏訪湖の岡谷市の土砂災害の時に、真夏だったな、暑くて作業でシャツがびしょ濡れになった記憶。
    あの時の泣きっ面に蜂の重労働に比べるとかなりスムーズで少し恐縮気味。

    集積所の管理の係の方は倉敷から駆けつけてくれたそう。
    被害に遭った時やはり助けられた側の方で。岡谷の時もそうだった。
    じっちゃん、ばっちゃん、てっきり近所の人かと思いきや新潟県からでかつての被害に遭われた方々。
    なんだか鼻の奥がつ~んときてしまうんだな、そういうの知ってしまった時。

    お昼時、私を誘ってくれた友人の作ってくれたおにぎり弁当を氾濫した川を見ながら。
    目の前に舞い降りたアオサギは何事もなかったかのように穏やかな顔をしてるんだよね。

    彼らアオサギには災害はどう映ったんだろう…

    失うモノは無かったんだろうか?

    私も積み上げたゴミとなってしまった山々を見ていると、
    便利にと思い手に入れたモノや家財と臭いと記憶がそこに山積みにされていて。

    自分の家のおそらく7割から8割は、目指す”豊かな暮らし”をするのに無くても成り立つものなのではないか。
    と思ってしまいました。

    ボランティア。いくと、誰かのお役に立てているようで有意義な気持ちになれるんです。
    少しだけ自分自身が浄化されていく感じ。他人のために良いことをしている感覚。
    目的の一つに自己満足があることは紛れもなさそう。

    でも近頃は他人と自分という概念が無くなってきていて、自分の庭の一部分を片付けている感覚に移り変わってきた自分に気づきました。
    で、この方が断然気が楽で。
    で、お金もそう思う。自分の財布という損得概念から、流れる、移動する、巡るモノ、コト。

    水に水没したお地蔵様たち、壁に白い部分と黄いみがかった境界線が見えるでしょうか。
    そこまで泥水に浸かって水面のはるか下のお地蔵さまたちは新たな再開を念じていてくれたのかな。
    何も言わないからわからないけど、、というよりも言葉でなく体感や意識で感じられたことがほっとした。

  • 田舎の喧騒を離れ森へ出かける

    田舎の喧騒を離れ森へ出かける

    野宿,野営も私の愉しみ。

    田舎の喧騒を離れしずかな森へ出かけてしまう。

    やっとこさそういう季節がきました。
    お洒落でトレンディなスタイルは私には似つかわしくなく、、まぁ質素地味です。

    この日は夜半から雨の予報でしたが我慢できず結構、というよりも雨を愉しむつもり。
    松本市波田にある正式名称はリバーパークキャンプ場¥200というところ。通称下島橋の下。私も地味ならキャンプ場もまた地味、水道、洗い場と簡易トイレのみ。と、森と木陰と清流と、野。
    ココ!充分すぎますね、私には。普段住所すらない河原で泊まるくらいなので。

    11時過ぎには入りましてのんびりしましてまったりしまして16時には夕飯の支度を始めました。
    そこまでストイックではないのでガスバーナーも使いますが基本はそこらへんに落ちている流木など拾ってきて
    のこぎりとナタで薪を作ります。メインの焚火が肴なんですね。
    ラムチョップとペペロンチーノがこの日の主食。
    外で調理して食べるとどうしてこんなにも美味しいのでしょう!???
    ひとつの私なりの仮説は心が既に満ち足りているから。ゆとりがあるから。まいっている時や、テレビを見ながら、は味がしませんでしょう。

    雨仕舞をして小さなねぐら、登山もするので山岳用のソロテントです。エスパースソロといって安曇野市で作られているものです。想定通り夜半から雨が降り出しました。

    朝起きるとまだ雨はしとしと降っていて珍しくこの雨降りのために張ったタープの下でのんびりと優雅な朝食を過ごしました。想定外に、というか想像通り雨の朝は気持ちよかったです。森に雨は素晴らしく相性が良いといつも思っていました。

    雨の野宿、病みつきになりそうです。

    雨の日にはキャンプへ出かけましょう!

  • 棲まい研究所 pin

    pinterest https://pin.it/5i27c36cwsqtib

    最近はまっているのがこのpinterest。

    お気に入りの写真を集める感覚、探して眺めている妄想のひとときがとても居心地が良い。

     

  • 松本の蕎麦料理とたたずまい

    松本の蕎麦料理とたたずまい

    蕎麦懐石 滿 

    薄暮れに松本市の中芯から川づたいに少し歩きひっそりとたたずむ庵ののれんをくぐりました。
    素朴な居場所のなかにきちんとした調度品がさりげなくお客に歓迎の意を注いでくれています。日本人に生まれてよかったとつくづく感謝したくなるような品々がちょうどよい計らいによって運ばれてきます。

    日本人の素朴なものの中にある、食の豊かさと、住まいの豊かさ、を改めて実感するひとときと気づきを愉しみました。
    どうしてこんなにも絶対的な品格を創るのだろう??