タグ: 枕雑草子

  • 何の隔たりもなく伝わること

    以前たまたま入院していた時、とても不思議でそしてかけがえのない素晴らしい体験をいくつもしました。

    そのひとつに、

    テレビから聴こえるオーケストラの素晴らしさがダイレクトに心臓?心?全身?を揺さぶったのです。

    6人部屋の雑居部屋、カーテン一枚が壁、スペースはぎりぎり一人用ベッド、テレビはノイズと白黒気味で、安い片耳イヤホン。

    ただいえるのは、悪夢と感じていた仕事からから離れ、なぜか満ち足りて幸せだったこと。

    悪環境?のもと、嫌いではないけれどあまり関心のなかったごくごく平凡なオーケストラの演奏が、

    何の隔たりもなく私の心を壊れるばかりに揺さぶったのです。心臓バクバク、全身鳥肌、涙じゃーじゃー!でしたね。

    na、何!!??コレ!!??

    スクリーン、ノイズ、色、音質、あとなんだろう??何もかものフィルターが外れて心に直接とびこんだような。たぶん隔たるもののない一体だったから??

    演奏者の技術すら隔ててなんらかのエネルギーがダイレクトに。

    隔たりを感じているのは錯覚、音響装置なんて、受け取る側の心や感受性でいくらでもカバーできる、

    AとBはもともとひとつである。たぶんすべてはひとつ?

    そんなことを実感、実体験しました。

    障害は外には無い、全て内側にありそう。

    そんな40歳位のあの秋から、はや10年あまり。

    私51に今日なりました。もうこの世で半世紀以上も生きてることになりますね。

    またまた自己記録更新です。51をマークしました。

    よりゆたかな人生はまだまだこれから。今が一番かも。望みに満ち溢れる人生の真っ只中、だな。

  • 蕾を羨む

    蕾を羨む

    真冬に宿っている蕾を見てそう思う。

    私の営みは…と、ふと思い省みることがある。

    草木は静かに出しゃばらずに次の準備をいている。あゝ、凄いなァと素直におもう。こうなんだよなぁ。花開く前って。我が家のドウダンツツジ、蕾はいつからできているのだろう?おそらくもう秋には出来ている。

    でも、自分の身に何かが成し遂げられるとき、たなぼたごとも、。意外と元々要素が揃っていたことにも気づく。そう、今起こることは今までの蓄積の結果。良きことも悪しきことも。あまり悲観することもない。身のまわりに当たり前に静かに存在している蕾を見過ごしているように、気づかないだけで開花はもうすぐそこにあるかも。

    すべては自己責任だ。蕾を創るのもまた自分だ。

    素晴らしい芽吹きや開花をいくつも感じたい。

    目に映る蕾を観察してみましょう。指を添えてみましょう。

  • 棲まい研究所 pin

    pinterest https://pin.it/5i27c36cwsqtib

    最近はまっているのがこのpinterest。

    お気に入りの写真を集める感覚、探して眺めている妄想のひとときがとても居心地が良い。

     

  • 松茸山登山

    松茸山登山

    先日友人に誘われ、松本の、とある松茸山へ行ってきました。
    私にとって初のハンティングだったのですが。
    今振り返ってもよく見つけられたものだと不思議な出来事でした。

    私に見つかるなんてこの松茸もまだまだ未熟者か、山からのプレゼントなのか。

    こういうのを山の恵みというのでしょうか。
    みなさんハマるわけですね。
    採るのも愉しいしいただくのもまた愉しい。

    卓上七輪は魔法の調理器具。私はいろいろ試しましたが酢醤油が一番好きです。

    秋は山へ出かけましょう!!

  • 松本の蕎麦料理とたたずまい

    松本の蕎麦料理とたたずまい

    蕎麦懐石 滿 

    薄暮れに松本市の中芯から川づたいに少し歩きひっそりとたたずむ庵ののれんをくぐりました。
    素朴な居場所のなかにきちんとした調度品がさりげなくお客に歓迎の意を注いでくれています。日本人に生まれてよかったとつくづく感謝したくなるような品々がちょうどよい計らいによって運ばれてきます。

    日本人の素朴なものの中にある、食の豊かさと、住まいの豊かさ、を改めて実感するひとときと気づきを愉しみました。
    どうしてこんなにも絶対的な品格を創るのだろう??